道徳に関する名言7

道徳に関する名言を集めました。

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道徳に関する名言7

善悪

悪は河における岸のごときものである。岸は流れを堰くが、それは流れを推し進めるよすがとなる。この世の悪は、人間が水の流れるごとく善に向かわしめるために存在する。

#タゴール 「生の実現」

すべてものの正しきは、これを和するのいかんによる。つくられし善のうち、これをおのがもとにひくもの一つだになし。この善光を放つがゆえに、その善生ず。(ものの正·不正は、それが神意に適うか、どうかによって知られる。神意にかなうことが正義の唯一の標準ならば、神意の正しいことはもちろんである)

#ダンテ 「神曲ー天堂編一九曲」

これ善は、その善なる限り、知らるるとともに愛を燃やし、かつその含む善の多きに従いて、愛また大いなるによる。(愛の向かうところは善である。善が完全であれば愛もいよいよ大である)

同上「神曲ー天堂編二六曲」

憎しみを天に享くるすべての邪悪は、その目的非を行うにあり、しかして、いっさいのかかる目的は、あるいは力により、あるいは欺購によりて他を苦しむ。

同上「神曲ー地獄編一一曲」

悪は病のように気づかれぬうちにやって来る。善は医者のように急いでやって来る。

#チェスタートン 「自叙伝」

不決断こそ最大の害悪。

#デカルト 「情念論」

悪人とは、いかに善良な過去を持っていても、まさに堕落の道をたどろうとし、善良さの度合いが減退する人間である。善人とは、いかに道徳的に価値の少ない過去を持っていようと、さらに善に向かって進んでいる人間である。

#デューイ 「哲学における経過」

善悪の観念という悪魔を知るために、そんなに犠牲を払わねばならないのなら、なんだって、これを知る必要があろうか?

#ドストエフスキー 「カラマーゾフの兄弟」

私は何か善を行おうとする希望を持ち、そこに悦びを感ずることもできる。だが同時に、悪を行いたいとも思い、そこにも悦びを覚えることができる。

#同上「悪霊」

善をなすには努力が必要である。しかし、悪を抑制するには、さらにいっそうの努力が必要である。

#トルストイ 「読書の輪 一,六」

もし善が原因を持っていたとしたら、それはもう善ではない。もしそれが結果を持てば、やはり善とは言えない。だから、善は因果の連鎖の枠外にあるのだ。

同上「アンナ·カレーニナ」

悪意というものは、他人の苦痛自体を目的とするものにあらずして、われわれ自身の享楽を目的とする。

#ニイチェ 「人間的な、あまりに人間的な」

善悪において一個の創造者となろうとする者は、まず破壊者でなければならない。そして、いっさいの価値を粉砕せねばならない。

同上「この人を見よ」

善とは何か 人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。悪とは何か 弱さから生ずるすべてのものである。

ー同上「反キリスト」

世の中に絶対的の悪というものはない。悪はいつも抽象的に物の一面を見て全貌を知らず、一方に偏して全一体の統一に反する所に現れるのである。悪がなければ善もない。悪は実在の成立に必要なる要素である。

#西田幾多郎 「善の研究」

大罪悪人が普通の人間と同じように見えた、といって驚く声をよく耳にする。その理由は、彼らが多くの点で他の人たちと同じだからである。

#ズリット 「人の性格について」

善き事を思えるは善き事を思えるに過ぎず、悪しき事を思えるは悪しき事を為したるなり

#長谷川如是閑 「如是閑語」

悪人が受ける主な罰は、彼ら悪人が善心に立ち還った瞬間に、よりよくなろうと願っても、もはや善の道に還ることができないという点にある。

#ヒルティ 「幸福論」

善と悪との闘争は絶えずいたるところに支配している。善悪の彼岸は存在せず、ただ多いか少ないかである。

一同上「眠られぬ夜のために」

不正を非難する人とは、己が不正をなすことを怖れて非難するにあらずして、不正を被らんことを怖れて非難するなり。

#プラトン「共和国」

もろもろの悪行は、禁じられているがゆえに有害なのではなく、有害なるがゆえに禁じられている。

#フランクリン 「自叙伝」

悪は必要である。もし悪が存在しなければ、善もまた存在しないことになる。悪こそは善の唯一の存在理由なのである。

#フランス 「エピキュールの園」

悪と善は神の右手と左手である。

#ベイリー  「フェスタス」

人格とは、高きものと、まったく低きものとがか一つになったものである。人格の高さとは、この矛盾を持ち耐えることである。

#ヘーゲル 「法の哲学」

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